googleクローラーはブログ全記事を拾っていった?

FC2の「アクセス解析」で「トータルアクセス」数がやたらと大きいので、何故だろ?と思ってたら、今日ふと思いついた。

「訪問者」「ホストの追跡」で調べてみると、圧倒的に「googleクローラー」が占める。それで、本日までの「トータルアクセス」のうち、「googleクローラー」の数を合計したら、8/1から今日までで、1,395。この数字は、私のブログの記事の合計、1,347にかなり近い。

つまり、「googleクローラー」は私のブログの全記事を浚っていったということなのか?

このあたりのことは全く知らないので、頓珍漢な想像かもしれないが、8/20から「トータルアクセス」数が極端に減っているのは、「googleクローラー」による浚渫作業がほぼ完了したとか?

※エディタ画面の右端での折返しが、突然利かなくなった。つまり、投稿しても文が折り返さない。どして?

※一旦投稿した文をテキストエディタに貼り付けて、エディタ画面の全文を削除。再度、テキストエディタから文を貼り付けたら、正常化した!何かのタグが悪さしていたんだろうか?

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「景初四年」はあったか?その8

「景初四年」についての調べで、2011年6月16日号『週刊新潮』掲載の「歴史的発見に騒然!『邪馬台国』論争にケリをつける!?『卑弥呼の鏡』の新証拠!聖徳大学山口博名誉教授」という記事が、ネット検索で引っかかる。この号の『週刊新潮』を読んでみたいと思って図書館を検索したが、所蔵していない。国立国会図書館ならあるかも、、、と思ったが、遠隔複写には費用がかかる。

どーしよーか?と迷ったが、待てよ!?と思い、自身の書籍データリストを検索したらあった!

早速読む。

「景初四年」に関わる部分を引用。同誌137ページ。
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また、三角縁神獣鏡のなかに〈景初4年〉という中国に実在しないはずの年号が彫られた出土品があるという疑問についても、それを覆す文書があるという。「唐の時代た編纂された『晋書』という歴史書があります。この中の巻12『天文志』に〈景初4年〉が出てくる。天文志とは天体観測の記録などで日時に関してはかなり正確を期しているはず。当時、〈景初4年〉が当たり前のように使われていた証拠。同じように清時代に編纂された『佩文韻府(はいぶんいんぷ)』という書にも〈景初4年〉という年号が出てきます」(同)
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これについてはまさしく〝間髪をいれず〟、平松健氏が同6月20日に「景初四年銘鏡」との関わりについても言及した「景初四年の検証」という一文をネット上に公表しており、山口博名誉教授の「歴史的発見」が、その表現に値しないものであることを明らかにしている。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~ronnrinomichibiki/hp-keisho4nennno-kennshou-2yamaguchi-hirase.pdf

『晋書』「天文志」の「四年」が、「景初」ではなく「青龍」であること。『佩文韻府』の「景初四年」は編纂の粗雑さによるものであることは、拙稿でもここ数日書いたとおりである。

ただ、少し怪訝に思うのは、私が「その2」で書いたとおり、『季刊邪馬台国 104号 2010年2月』に笛木亮三氏が寄せた「「景初四年」は、存在した!」に対して、2011年1月号の『季刊邪馬台国 108号』に入倉徳裕氏が「『晋書』に「景初四年」は存在しない」という稿を寄せているから、この応答を知っていれば山口博名誉教授も『晋書』天文志の「四年」について誤認することはなかったのではなかろうか?

Yahoo!掲示板で、この「景初四年」について、「天誅君大先生」と「湖南さん」とのやり取りがあり、真相が判明したのは、山口博名誉教授より6年前、笛木氏の5年前のことで、大学教授と言えども、掲示板を覗くことは、ある程度有用なのかも知れない。

「景初四年」はあったか?その7

「景初四年」についてググっていたら、かの王仲殊氏の論文が目に止まった。相変わらず端切れのいい論調で、ついつい靡きたくなる。

この中で、『晋書』の「景初四年」についても言及している。誠に当を得た見解で必要にして十分だ。

ただ、「景初四年銘鏡」が魏鏡か国産かについての論及は、当方の知見不足のため是非を云うに及ばない。

「「日本出土の景初四年銘三角縁盤竜鏡」について」
(2013年10月『季刊邪馬台国』119号掲載分)原著:王仲殊 日本語訳:平松健
http://www7b.biglobe.ne.jp/~ronnrinomichibiki/1hp-ronbun-keisho4nen-ouchuushu-yamataikoku.pdf

なんだぁ、、、!丁度1ヶ月前にコメントを書いたブログだ!


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コメント
  • 1. hyena_no_papa
  • 2019年07月22日 22:59
  • 突然、お邪魔しますm(_ _)m

    極めて高いレベルのプログに遭遇し、いちいち頷いて読ませていただきました。

    細かいことですが、一つ気になりましたので、ご所見を伺わせていただきたいと存じます。

    それは、「魏志倭人伝には、掖邪狗がいつ朝貢したのかが書かれていなかったが「冊府元亀」には正始八年と書かれてれる」の部分です。これは冊府元亀が『魏志』に無い情報をどこからか入手してこの箇所に挿入したというお考えでしょうか?

    私の調べるところでは、『魏志』「倭人伝」は、『冊府元亀』「外臣部」の「国邑」「種族」「土風」「継襲」「封冊」「朝貢」「褒異」「来遠」の各段に引用されています。そのソースは『冊府元亀』の成立時期から見て恐らく「咸平本」『三国志』ではないかと見ています。現行の南宋本と条文が非常によく並行している箇所が少なくありません。

    従って、『冊府元亀』はその編集にあたって『三国志』の最初の刊本である北宋「咸平本」をベースにしているのではないかと見ます。ということは、ここの「八年」は「太守王頎到官」直前の「八年」が直後の文が抜け落ちたために、壹與の掖邪狗遣使に掛かってしまったのではないか?という考えです。

    もし、このような拙考が成り立ち難いのであるならば、恐縮ですがご指正いただきたく、宜しくお願い申し上げます。
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このブログの最新記事は「2019年07月14日 『晋書』(巻八十二)陳寿伝」なんで、夏休み中なのかな?

世の中にはスゴイ人がいるもんだぁ!

Yahoo!ブログ「邪馬台国は畿内 奈良県桜井市「纒向遺跡」が邪馬台国」は面白い!

「景初四年」についてググっていたら、タイトルの如きブログに遭遇した。以前も覗いたことがあるような記憶があるが、非常に興味深いブログだし、レベルも高そうだ。

しかし、Yahoo!ブログなので年内には消滅する。で、最近の書き込みを調べてみたら、
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移転のお知らせ     2019/5/6(月) 午前 11:14


ヤフーのブログサービス終了にともない、以下のブログに移転します。


http://yamataikinki.blog.jp/
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という案内が出ていた。

最近の投稿から幾つか読んでみたが、鋭い!腰を据えて読んでみる必要がありそうだ。河村秀根の『書紀集解』もちゃんと取り上げている。

※弘法も筆の誤りを一つ。
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①「一大卒」について

「一大卒」について「刺使」にたとえて職能を説明しているが、「刺使」の役割は魏時代は「行政官」であるにもかかわらず漢代の「監察官」の意味で使われている、したがって、「一大卒」の部分は漢代の史料からの引用である。
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このブログの主は、私から見ると〝弘法〟との違いが分からないほどレベル〝高すぎクン〟なので、真の「筆の誤り」かと、、、


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