「魏志倭人伝」への旅 ブログ版

邪馬台国研究の基本文献「魏志倭人伝」とその関連史書を探求する

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2019-03-25 (Mon) 18:29

水谷加奈アナが可愛そう(T_T)その2

YouTube【武田鉄矢】歴史認識が180度覆る『日本と韓国の仰天真実!』を見た。文字起こしもしてみた。

酷い!余りにも酷い!鉄矢氏は、一体どこからそんなヨタ話を拾ってきたのか?

幾つか拾ってみよう。

1.縄文時代 金印下賜のAD57年について
「大雑把にこの時代を 縄文時代と呼んでたんですけども
「縄文時代にもうすでに漢字が読めて 暦も理解できたんですよ
「えー 昨日お話ししたのは 紀元が明けたばっかりのころですな その当時の日本のことを縄文時代と日本人は
「漢の王様 中国の漢の王様と 外交を交えるだけの外交能力も 一部の倭人は持っていたということを考えますとこれは縄文人なんかと

2.広開土王碑文について 
「391年ってまだ日本は縄文時代なんだ

---ここまで---
あのさ、何というかさ、鉄矢氏はパソコン持ってないの?インターネットにつながらないの?いや、スマホくらい持ってるっしょ?少し調べてから物言ったら?とゆーか、歴史語りたい欲求と学習能力との間に乖離があるんだろう。391年については〝ひっくりかえっちゃった〟だよ!マジで、、、(~_~;)

3.船原古墳について
「そんなに大きな古墳ではないんですが そこから1400年前のものと思われる 飾り馬具の出土品が出たんですな 鐙とか鞍が出たんです でこれは ものすごいショッキングな
「あのですね大和朝廷が 新羅と高句麗という国 朝鮮半島の国と対立していた時 この筑紫の豪族にその新羅から贈り物が来てたという話なんですよ

---ここまで---
古墳文化というものを、あるいは古代における倭と韓半島との関わりを知らないから「ものすごいショッキング」だったんでしょう。「1400年前」というのが事実だとすれば、丁度小野妹子の遣隋と裴世清の訪倭の時期。もちろん『隋書』に記録がある。その「俀国伝」には、【新羅、百濟皆以俀為大國,多珍物,並敬仰之,恒通使往來。】とある。我が国の古墳から半島系の副葬品が出たところで、何も「ショッキング」なことではない。

4.「この中にこういう文章がありますこれは中国側の資料です 紀元前202年から8年にかけて楽浪郡での出来事 東夷の王は漢王に対し大海を渡り国の珍宝を奉る というそういう記事がある でこれは 東夷 東のえびすである だからおそらく 北部九州にあった国の王様でしょうな それが漢の王様に海を渡ってやってきて宝物を奉ったという目撃証言と目録があるんで ありますな

---ここまで---
これは『漢書』「王莽伝」の【東夷王度大海奉國珍】のことだろう。「紀元前202年から8年にかけて」というのがどういう意味なのか迷うが、前漢時代のことを言ってるのかも知れない。確かに「楽浪郡」が置かれたのは前漢武帝の元封3年(BC108)だが、上記引文が「楽浪郡」でのことだとは書かれていない。『漢書』「地理志粤地」条の【樂浪海中有倭人,分為百餘國,以歲時來獻見云】と結びつけたのか。いずれにしても受け売りなんだろう。王莽が発行した貨泉が北部九州などから出土しているので、この「東夷王」が倭の王かも知れないという想像は働くかも知れないが、「東夷」と言えばこんにちの満州の一部から朝鮮半島、それに日本までを含む広い地域で、「度大海」についても、黄海のことを「大海」と表記する場合もあるから、倭に限定することもできない。

5.航海技術
「北部九州からあの海峡を あの韓国読みで東海でもいいし日本読みたいにあの日本海でもどっちでもいいですよ もうねそれを渡って行く航海技術 海の技術も持ってたということです
「この辺り どうも私たちが思っているほど 古代というのは みすぼらしい時代ではなく もっと何か豊かな大きな時代であったという ことがうかがわれるというね

---ここまで---
「みすぼらしい時代」と「思っている」のは、鉄矢さんだけでしょ?あなた、博多もんでしょ?〝弥生銀座〟って言葉、知りませんか?北部九州を中心として、青銅器製造やガラス鋳造技術も実際にあった。玉璧も出ている。鏡はもちろんジャラジャラ。そんなもん、どこからその技術が伝わったか?大陸・半島からでしょ?「航海技術 海の技術も持ってた」ってのは、わざわざ「がうかがわれる」という程のことじゃない。アタリマエのこと。


6.時代認識が滅茶苦茶
「中国が俺はもう三国志の時代でものすごい文明が渦巻いている 日本はまだ国もできてなかったわけでしょ (ええ)
「その違いって やっぱり日本は劣っていたと思う 
「(ま 国ができていない ある一部分の塊しか日本の中になかったってことですよね) ほとんど村規模だよね

---ここまで---
あのさ、鉄矢さん!『魏志』「倭人伝」読んだんでしょ?邪馬台国の人口、どれくらいって書いてあります?七万余戸でしょ?高句麗は「三万戸」ですよ。三韓の内、馬韓は総勢十余万戸だが、五十余国に分かれていた。『魏志』の記述を信じるならば、倭国は三韓よりは国家の統一過程が進んでいたし、高句麗よりも大きいと言える。どこが「日本はまだ国もできてなかったわけでしょ」なの?

7.「国ができてなかったから劣っていた」?
「俺ね この間内田先生の本読んで崩れ落ちたんだけどさ 日本には国ができてなかったから劣っていた で そんな言い方しなくてもいいんじゃないかなて 内田先生がおっしゃっててその後の内田先生の一言が俺にはショックだったんだけど 日本は国を作る必要がないくらい豊かだったっていう
「俺さあこの一言はさ 素晴らしい一言だと思ったんだよね (はい)
「国を作らなくてもいいぐらい 人間が生きて行けるって言うことはやっぱり豊かだって ことなんだよね

---ここまで---
これ多分、その「内田先生」の話を鉄矢さんが聞き間違えたんだろう?そうでなきゃ、その「内田先生」って、「先生」と呼ぶには、余りにも悲惨すぎる。理由は6.参照。

8.「狗邪韓国」
「さ いきましょう中国三国志へ
「魏書弁辰伝によれば 西暦240年あたり 狗邪韓国なる国が半島に登場します
「狗邪とはこれは えーっ朝鮮半島の南部にある国で 中国側の資料によりますれば はっきりと 倭地と書かれております

---ここまで---
おっと!「魏書弁辰伝」を出した!んで、狗邪が「中国側の資料によりますれば はっきりと 倭地と書かれております」って?あのう、「狗邪韓国」は「倭人伝」に一度しか出てきません。あと、「弁辰伝」に「弁辰狗邪国」というのが出てきます。しかし、「弁辰伝」に書かれている通り、弁辰の一国で、「倭地」なんてことは書かれてありません。一体どこから、そんなヨタ話が出てくるのか?推測するに難儀するが、ひょっとして弁辰の瀆盧国が【其瀆盧國與倭接界】と書かれてあることから出たものかも。しかし、瀆盧国は狗邪韓国ではないし、倭地でもない。「はっきりと」「書かれて」いるという「中国側の資料」って何?

9.「朝鮮半島南部に日本が」?
「西暦が明けたばかりの240年あたり 朝鮮半島南部に日本があったということなんでありますね

---ここまで---
この「西暦が明けたばかり」って、どういう意味?それは措くとして、「朝鮮半島南部に日本があった」ちゅうのは、このあとの話に展開していくが、訳がワカラン。

10.倭人の古墳
「この狗邪は紀元前から倭人が住んでいた
「なぜなら 狗邪の国があったあたりに 倭人の古墳がいくつも出土している

---ここまで---
これ、多分、前方後円墳のことだろう。それとも倭人の墳墓くらいの意味なのか?後者ならば、それは有りうる。長崎にも外人墓地はあって、墓石は外国風。前者ならば時代が違う。とにかく、鉄矢さんの話は時系列の理解がなってない!それじゃ、歴史を語る資格などナシ!

11.ヨタ話絶好調!
「つまり何が言いたいかといいますと 狗邪は邪馬台国の領土であった
「日本の学者さんはそれをわざわざ そういうふうに読まないで
「狗邪韓国は邪馬台国の北にあったと読んでるんです
「でこれは素直に読めば狗邪韓国は邪馬台国の北の領土であったって読めるんです
「それを日本の学者はわざわざ 曲げて読んであげてるんです
「なぜかと言いますとこれはかつてそうですな 帝国主義によって侵略をしてしまったという韓国の方に申し訳ないという左翼史観でありまして 狗邪韓国 これは韓国の国であってこれなんかあの魏志の人がちょっと書間違えちゃったんですよという風に認めてるんですが 正しく読むと朝鮮半島にかつて邪馬台国があったという話なんでございますね

---ここまで---
ある意味、〝歴史認識〟かな?いやいや、こんにち取り沙汰される歴史認識ではなく、鉄矢氏のお粗末な歴史認識。「狗邪は邪馬台国の領土であった」って、そりゃないでしょ?そんなこと書いてないから。それとも、邪馬台国の七万余戸には狗邪韓国の戸数も含まれているとでも?「弁辰伝」に記される一国に「弁辰狗邪国」ってありますよね?これですよね、狗邪韓国って。「狗邪韓国は邪馬台国の北にあったと読んでるんです」?そりゃそうでしょ。だって、「倭人伝」の行程記事読めば、概ね南へ南へと進んで邪馬台国に至るんですから、「狗邪韓国は邪馬台国の北にあった」はずですが?「素直に読めば狗邪韓国は邪馬台国の北の領土であったって読めるんです」?誰ですか?そんな「素直」な読み方してる人?「左翼史観でありまして」?左翼も右翼もない。「正しく読むと朝鮮半島にかつて邪馬台国があったという話なんでございますね」?誰?そんなヨタ読みしてる人って?滅茶苦茶じゃん!

12.邪馬台国が海上王国?
「狗邪韓国はこれ韓国の国だという方がいるんでありますが中国側の資料によりますと 狗邪韓国は邪馬台国の国だとそういうふうに読めるわけでありますね つまり邪馬台国というのは 日本国だけではなくて 海峡を挟んで朝鮮半島と北部中州にまたがる 海上王国だったという説なんです

---ここまで---
なんかもう、イヤになってきた。邪馬台国ってのは、【女王之所都】。つまり女王卑弥呼が都を置いている国。「倭人伝」に出てくる諸々の倭の国々全部のことを「邪馬台国」と呼ぶのだと勘違いしてるんだよね?だから、「海上王国」なんて発言になる。カンベンしてよ!一知半解で吹聴するの、、、

13.「反日史観」?ナニソレ?
「あのね 反日史観ということで日本側もあの相当資料を読み変えてるんです

---ここまで---
一体誰のどんな説にかぶれたのか?どこをどのように「読み変えてる」んだろうか?

14.「一発で崩れちゃう」?
「もうね出土品が出てくると一発で崩れちゃうんですよつまり 一番最初にお話したように博多には福岡には大和朝廷に逆らって 新羅と結ぶというそういう 豪族がいたということですね

---ここまで---
前述の通り。

15.広開土王碑文
「二世紀三世紀に 5万6万の兵隊を朝鮮半島の北部まで 倭軍が攻め込んで行って 高句麗と戦ったって記録は間違いないっていう
「それはどう考えても海峡を渡って行ったんではなくて 韓国の南の方に やっぱり日本の領土としての国を持ってたのではないかということを考えた方が妥当であると

---ここまで---
「二世紀三世紀」ってのは、直後に「391年」って書いてるんで、単なるミス。それより、「どう考えても海峡を渡って行ったんではなくて」って、「広開土王碑文」にちゃんと書いてあるでしょ?【而倭以辛卯年来渡海破百残□□新羅以為臣民】って。倭は海を渡って百済・新羅を攻め破り、それらを臣民としたと。それとも半島の一部にあるように、高句麗が海を渡って倭を攻めたとでも解釈するの?どっちしても、「韓国の南の方に やっぱり日本の領土としての国を持ってたのではないか」なんてこと軽々には言えない。

16.任那日本府?
「邪馬台国あるい倭は朝鮮半島南部に領土を持ってたのではないかっていう これは中国側も認めてるんです 小さな任那府という あの居留地を持ってたんじゃないか
「ところが古代史を突き合わせていくとその居留地どこじゃないんです はっきりとした広大な領土を持ってたのではないかということが もうこれでだんだんわかってきたわけですな

---ここまで---
「はっきりとした広大な領土を持ってたのではないかということが もうこれでだんだんわかってきたわけですな」って誰が言ってるの?根拠は何?これまたヨタ話。倭の出先としての任那日本府の存在もこんにち否定的で、安羅日本府の存在が辛うじて認められるかというレベル。そもそも、未だ倭国でしか無かった時代の「日本府」って当然眉唾。

17.「現代の目」
「決してその韓国に日本があったということは威張るとこじゃなくてなんか なんか私たちは現代の目で古代を見てはいけないということなんですね

---ここまで---
そんなもん「威張」られたんじゃ、逆に嘲笑されるだけだろうに、、、事実に基づかない虚勢を張るんではなくて、史料の記載そのものを並べていけば、東夷における倭・日本の姿は自然と明らかになる。例えば、『宋書』に見える高句麗・百済・倭三国の宋から除授された将軍号を見ると、高句麗や百済に比べて倭はやや低い将軍号しか貰えていない。『三国志』や『隋書』を見れば、倭は半島よりも国家形成が進んでいたとも読み取れる。何より、「反日史観」なんて言葉を持ち出した時点で「現代の目で古代を見て」いると言えるんじゃなかろうか?

以上、取り敢えず主な突っ込みどころを列挙してみた。

最後に水谷加奈さんの一言を、、、
「いや何か 荒唐無稽な説なような気もしますけれどもどうなんですかねえ

鉄矢氏は、彼女の一言を、どのように受け止めたんだろうか?



2019/9/16 hy注)【而倭以辛卯年来渡海破百残□□新羅以右臣民】の「右」は「為」の誤につき修正。

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最終更新日 : 2019-09-16

No Subject * by yu asada
おもしろかったです。
まだ勉強してないところもあったので、参考にさせていただきます。
話聞くほうは、まさかそこまでいい加減なこと言わないだろうと思って信じてしまうのかもしれないですね。

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No Subject

おもしろかったです。
まだ勉強してないところもあったので、参考にさせていただきます。
話聞くほうは、まさかそこまでいい加減なこと言わないだろうと思って信じてしまうのかもしれないですね。
2020-07-31-21:35yu asada [ 返信 * 編集 ]