「魏志倭人伝」への旅 ブログ版

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2020-05-04 (Mon) 14:05

『魏志』高貴郷公紀裴注の「矛」と「戈」

『魏志』高貴郷公紀 甘露五年五月 裴注干寶『晉紀』
【濟曰:「然。」乃抽戈犯蹕。】

同『魏氏春秋』
【成濟 以矛進,帝崩于師。】

帝を刺殺した武器は一つなんだろうから、「戈」「矛」は同義で用いられているのだろう。日本の考古学では、例えば銅戈と銅矛は明確に別物として定義されている。

細かいことだが、伝える人によって核心に近い部分でも表現に差がある一例かと。

※原文は「漢籍電子文献」による。

追記)『晋書』文帝紀景元元年に【太子舍人成濟 抽戈犯蹕,刺之,刃出於背,天子崩于車中。】という記事があり、ここでは「」である。【刃出於背】の4文字は『魏志』高貴郷公紀と同一。筑摩訳では「その刃は背中にまでつき出た。」。Ⅰp139。
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最終更新日 : 2020-05-04

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