「魏志倭人伝」への旅 ブログ版

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2020-05-04 (Mon) 23:08

景初・正始の頃の遼東は

斉王紀 景初三年
【夏六月,以遼東東沓縣吏民渡海居齊郡界,以故縱城為新沓縣以居徙民。】

【正始元年春二月乙丑,加侍中中書監劉放、侍中中書令孫資為左右光祿大夫。丙戌,以遼東汶、北豐縣民流徙渡海,規齊郡之西安、臨菑、昌國縣界為新汶、南豐縣,以居流民。】

【正始五年九月,鮮卑內附,置遼東屬國,立昌黎縣以居之。】

遼東の「吏民」「縣民」が渡海して斉州あたりに住み着いたということか。これはもしかして〝僑郡〟の走り?

東沓縣→新沓縣
汶、北豐縣→新汶、南豐縣

正始五年の記事からすると、鮮卑の南下に伴い遼東属国を置いたということだから、倭の使いも帯方郡から陸路遼東郡を経由して洛陽を目指したとは考えにくいのかも知れない。
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最終更新日 : 2020-05-04

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