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2020-05-07 (Thu) 22:42

『魏志』董卓伝裴注 謝承後漢書「君雖不君,臣不可不臣」

『魏志』董卓伝裴注
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謝承後漢書曰:伍孚 字德瑜,少有大節,為郡門下書佐。其本邑長有罪,太守使孚出教,敕曹下督郵收之。孚不肯受教,伏地仰諫曰:「君雖不君,臣不可不臣,明府奈何令孚受教,敕外收本邑長乎?更乞授他吏。」太守奇而聽之。後大將軍何進辟為東曹屬,稍遷侍中、河南尹、越騎校尉。董卓作亂,百僚震慄。孚著小鎧,於朝服裏挾佩刀見卓,欲伺便刺殺之。語闋辭去,卓送至閤中,孚因出刀刺之。卓多力,退卻不中,即收孚。卓曰:「卿欲反邪?」孚大言曰:「汝非吾君,吾非汝臣,何反之有?汝亂國篡主,罪盈惡大,今是吾死日,故來誅姦賊耳,恨不車裂汝於市朝以謝天下。」遂殺孚。   謝承記孚字及本郡,則與瓊同,而致死事乃與孚異也,不知孚為瓊之別名,為別有 伍孚也?蓋未詳之。
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初めて筑摩『三国志』董卓伝を読んでいる。裴注『謝承後漢書』に「主君が主君に価しなくとも、臣下は当然臣下でなければなりません」という訳が。

昔聞いたことのあるフレーズだったので「漢籍電子文献」でその箇所を検索すると【君雖不君,臣不可不臣】とある。

「コトバンク」精選版 日本国語大辞典によれば「孔安国‐古文孝経訓伝序」が出典とあるがその素性など勿論知らない。

「君雖不君,臣不可不臣」とは決していい言葉だとは言えないだろう。なんか現代にも通じるようで悲しいものを感じる。


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最終更新日 : 2020-05-07

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