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2020-08-30 (Sun) 19:00

和田喜八郎氏「一万点を超える古文書」

『季刊邪馬台国55号』p123
『秋田さきがけ』一九九四年七月一日(金)の記事

ゆらぐ町史 和田家文書の波紋・田沢湖町
真贋論争の真っただ中「天井裏から次々と文書」

これに対して文書の所有者である当の和田さんはどうか―。「東日流外三郡誌は借りていったはずの公民館に捨てられたり、役場職員が紛失したりして現在は二冊しか残っていない。報道では、俺が紙を古く見せるためにコーヒーをせんじて黒く見せたのだと言っているが、そんなことをしておれに何のメリットがあるのか。一万点を超える古文書も筆跡は何十人分もあるし、一生かかっても一人で作り上げられるものではない」
だが、こうした論争をよそに、和田家の天井裏からはその後も次々に文書の発見が相次いだ、という。田沢湖町の伝説の内容を塗り替えた「丑寅日本記」は平成三年の発見だ。
田沢湖町は真贋(がん)論争の真っただなかにあるこの「丑寅日本記」を、平成四年八月発行の町史資料編第九集に収録している。


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最終更新日 : 2020-08-30

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