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2020-09-02 (Wed) 15:48

古田氏が口にした恩師の名前について谷野氏は

『季刊邪馬台国57号』谷野満氏「特別寄稿 ルール違反をしたのは誰か ―古田武彦氏に答える―」p23
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しかしながら、貴方は故原田隆吉先生や本多光太郎先生の名前を軽々しく持ち出すべきではないと思う。原田先生(『季刊邪馬台国』55号の拙文中のA名誉教授のことである)は貴方を紹介したことをご自分の責任として大変重く受け留めておられた立派な先生であった。〈中略〉
この間、貴方が『東日流外三郡誌』の真贋論争の真相を原田先生にお話していたとは考えられない。なぜならば、問題の新聞記事掲載の経過や、それに対して筆者が反論した経緯に関する筆者の報告を聞かれた原田先生は猛暑のさなかにもかかわらず即刻筆者の研究室まで足を運ばれ、しみじみと「古田君は若い頃は親鸞の研究で立派な成果を上げた優秀な学者でした。それがどうしてこのような行動を取るようになったのか自分には理解できません。いずれにしても大変ご迷惑をおかけしたことを深くお詫び致します」と深々と頭を下げられました。このような出来事を貴方はご存じではあるまい。貴方は貴方が敬愛した先輩の御霊前でも平気で嘘をつくことが出来るのであろうか?これが原田先生の名前を軽々しく持ち出さないで貰いたいと願う筆者の心情である。
本多光太郎先生は真理の探求を何よりも大事とされ、詭弁を嫌われた方である。本田(ママ)先生がもしご存命であれば、「鉄剣調査」の際に筆者がとった態度は間違っていないとから頑張りなさいと激励されたことと信じている。
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これに対して古田氏が再反論を試みたかどうかは承知していない。

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最終更新日 : 2020-09-04

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